ピジョン奨学財団 奨学生インタビュー
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子どものために働きたいとずっと思っていた

藤井先生ポートレート 大阪府内総合病院勤務
藤井先生

−−医師を志した理由は?

私の場合は、医師を志したというよりは、子どもに関わる職業につきたいと思って、小児科医になろうと思いました。
父や祖父母が教員で、小さい頃から子どものために楽しそうに働く姿を見ているうちに、自然と子どもに関わる仕事をしたいと考えるようになりました。子どもに関わる分野は教育や保育、医療、福祉、司法などさまざまですが、小児科医は赤ちゃんの頃から子どもと関われると思って、目指すようになりました。

−−小児科医になる目標は、揺らぐことはなかったのですか?

正直なところ、揺らぐこともありましたが、浪人生時代に子どものための施設でボランティアをした時に、改めて決意しました。
その施設で出会った子どもたちは、一緒に遊んだり勉強すると、どの年代もキラキラした目をしていて、やっぱり子どもは素晴らしいと感じました。その反面、中には「しんどさ」や「生きづらさ」を抱えた子どもたちもいましたので、周産期からできる支援がもっとあったのかもしれない、と感じるときもありました。
そう考えると、乳幼児期から子どもと保護者も含めて家族全体にアプローチできるのは小児科医だと思い、絶対に医学部に入って小児科医になろうと勉強を頑張ることができました。

診察のようす

−−医師として大切にしていることは?

「いざというとき頼りになる、心やさしい小児科医」を目指しています。この将来像に矛盾がないように働こうと心がけています。
「いざというときに頼りになる」ためには医療者としてのスキルが必要ですが、今の自分は知識も経験も不足しています。患者さんの頼りになるために、まずは指導医や他分野の専門職の方にこまめに相談し、必要な助けを借りながら診療するようにしています。
また、自分の気持ちに余裕がないと「心やさしく」はできません。そのために、睡眠、食事など体調管理をしっかりして、不機嫌な態度や表情を取らないように気をつけています。

−−ピジョン奨学生になった理由は?振り返ってどのように感じますか?

学生の時のピジョンの印象は、“ベビーグッズの会社”でした。そんな会社が応援してくれる奨学財団なら、赤ちゃんや子どもが好きな人が集まってくると思い、そんな人たちと交流したいと思って応募しました。
多くの仲間たちと出会えて、当時作ったチャットグループは今も残っています。特に思い出深いのは、予備校で同じクラスだった人とピジョン奨学生になって再会したことです!研修の病院が一緒になった同期もいます。一生続けていけるつながりを持てたことは、他では得られない財産だと思います。
また、周産期医療の大先輩である先生方と交流できたことも貴重な経験になりました。専門分野の医療を極めている先生、研究に力を入れている先生、開業している先生など、それぞれの道があることがわかって進路に迷いがなくなりました。

すてきな内装の前で

−−今後、力を入れたいことや目指していることを教えてください。

近い目標としては、NICUで働きたいと思っています。かわいい赤ちゃんのために働きたいですね。ゆくゆくは小児科専門医として学び、目指す将来像である「いざというとき頼りになる、心やさしい小児科医」を実現したいです。